私は誇りに思う

高遠さんのHPにアクセス殺到、掲示板閉鎖 人質事件
誰も彼もが同じ意見だとは限らない。
だから、いろいろな意見があって当然だとは思うけれど、個人的にはこのような心ない人たちの言動に怒りよりも悲しみを感じる。

なんといっても彼女のすごいところは、個人で活動していたことだ。
自らアルバイトや有志から資金を集め、自らイラクに出向き実際に支援活動をしていたという事実。これ以上の事実はないと思う。
なんだかんだと口で言うのは簡単だけれど、この事実の前では何を言っても説得力など持たない。私はそう思う。
自業自得だと言い放ってしまう人もいるけれど、そんなこと傍観者がいうべき言葉じゃないと思う。
本人がリスクは充分承知の上だったろうことは、この一連の事実が証明している。その覚悟がなければ到底できないであろうことを彼女は実際にやっていたのだから。そう、まさしく命がけのボランティア活動を行っていたのだと思う。

イラクの件にだけ言えることではないけれど、私を含め多くの人は、こういった出来事に対し、対岸の火事でしかなく結局は傍観者でしかないと言えるのではないか。
そういう中で、高遠さんのような人の一連の活動をどうして非難することができるのか。
私たちが高遠さんのような活動をしないことで非難されることはないとしても、私たち傍観者が高遠さんのような人のことを非難するのは、どう考えても人道的に間違っていると思う。

私自身には彼女のようなパワーはないけれど、同じ日本人として彼女のことを誇りに思う。
そして、無事に解放されることを心から願いながらここでエールを送りたい。


#関係ないけれど、どうも個人的には○○団体というものに苦手意識があったりする。
別に何が悪いというわけでもなく、そういう意味では食わず嫌いのようなものかもしれないけれど、なんというか、元々は純粋だった物事の本質が変わってしまうような気がするというか、ただ私が集団活動が苦手だからそう感じるだけなのかもしれないけれど。


Posted by lin : 2004年04月11日 12:00

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